感染のビッグウェーブ
12月に入って、我がクラスで感染症が流行りだした。しかも尋常じゃない人数がばったばったと休んでいく。その感染症は水疱瘡。すごい感染力だ。
兄弟関係から感染した疑いが強く大流行となってしまった。12月の第1週と第2週の間、絶えずクラスの5分の1がいない状態だった。そして第3週。やっと水疱瘡が沈静化したなと思ったら、隣のクラスからインフルエンザが襲来。クラスの4分の1がいない状態になった。学級閉鎖をするかしないかギリギリのところで休みが推移していたので判断が難しく、結局学級閉鎖をしないまま残り2日と言うところまでやってきた。私の計算上明後日には、全員揃う。
絶えず平均6人から7人いなかったので、毎日連絡帳地獄だった。感染症による長期の休みになってしまうと、授業が受けられなくて学力低下の原因になってしまうので、家で取り組めるようなワークシートをその日の教科分を別途作った。おかげで大変な手間となってしまい、定時帰りは夢のまた夢で終わる。
まあ、そのおかげで、休んでる子も無事課題が提出でき遅れが取り戻せたのでよしとしよう。
教頭から「授業きついでしょ。遅れてない?」と聞かれた。取り組みによって授業が全く遅れていないことを伝えると、「感染症でも授業が進む裏技集」とタイトルをつけて本でも書いたらと言われた。
正直そんな本売れねぇだろう。出しても大赤字だ。
ただ、若手が増えてきたので、感染症が出て授業が遅れたときのリカバーの仕方はどこかで教えてあげようかなと思っているのであった。
中堅どころはみんな苦しんでいる
土曜日に、一緒に仕事をしていた後輩とたまたま道で会う。
「最近どう? 」と尋ねたら、「かなりやばいっす。てか、学校に人がいなくて俺、今教務主任なんです。」と返答してきた。彼は私より4歳年下なので、まだ30代前半なのだが、これには、驚かされた。
30代前半で教務主任なんて聞いたことない話だ。これは私の知る限り新記録だと思う。
かつて、私は、30歳で学年主任をやった時、同期に「それはありえないでしょ、ベテラン勢の人たち何やってんだよ。」と同情されたが、それ以上の話だと思う。
教務主任は、主幹クラスの仕事だ。
彼はようやく、10年経験者研修を終えたばかり。これからが楽しい時だ。いろいろな授業実践をしたり、学級経営・学年経営をしたりと力を蓄えていななくてはならないのに…。まだ、自分のことをメインで考えて良いはずなのに…。学校全体のことを一手に引き受ける教務主任をしなくてはいけない彼の状況に、私は深く憤ってしまった。彼が、つぶれないように祈るばかりだ。
しかし、学校の人材不足も来るところまで来たという感じだ…。
いじめ問題について
最近、私が勤めている自治体の昨年度に調査された問題行動等について、結果が公表された。
特にいじめの認知件数は、近年、急速に数が伸ばしている。これは、学校内でいじめに対してもっと認知していこう、隠蔽はやめようという姿勢の表れから急速に増えたということも考えられる。しかし、重篤なケースも増えていることが伺わせられる結果も公表されていた。解決率は年々低下しているのである。5年前には、98%あった解決率は、昨年度の解決率は78%となっている。わずか5年間で20%の低下。この結果は、もう少し裏をとってしっかり分析しないといけないのだが、確実に学校の力が弱まっている結果の裏付けであろう。
本校でも、いじめ指導に手を焼いている先生も増えてきている。これは急速に手を打たないと取り返しがつかないところまで来ているのではないかと危惧してしまう。
ただ、いじめを発生させてしまう教員は、押さえどころを間違えていたり、変な見方の癖がついていたりしている場合が多い。
しかしそういう教員ほど、自分の指導を見つめると言う事はなかなかできないので周りの苦悩も大きい。
委員会活動についての雑感
どこの学校でも行われている委員会活動。中身もどこの学校もあまり変わらないものであろう。計画委員会、音楽委員会、放送委員会、音楽委員会、給食委員会、福祉委員会、掲示・情報委員会、集会委員会、ボランティア委員会、飼育委員会、スポーツ委員会といった委員会で構成されているだろう。5.6年生でメンバーが構成され、月1時間だけ授業時間で設定されていることが多いはずだ。
私は今年は集会委員会を担当している。ここで悩んでしまったのが、集会委員会に来た人たちが初めから嫌々ながら来たと言うことなのだ。4月の委員会開きの挨拶で、半分以上の子が「希望する気はなかったんですけどジャンケンで負けました」「第3希望でした」「あまり興味がないんですがきました」などと自己紹介をしていた。この時は、一体、高学年の先生は委員会についてどんな指導したのか憤ったものだが、半年以上の経験を経てみんな見違えた。
元は受け身だった児童たちも、徐々に全校集会を企画していく楽しさにはまり、図書室に行って調べることが多くなった。
今日あった委員会活動では、12月、1月の集会の企画を立てたのだが事前に全校が動きやすいか、準備がしやすいか、わかりやすいルールか、と言う視点で内容を考えており非常にレベルの高い話し合いになった。本当に、彼らは成長したと思う。残り約4ヶ月。きっと良い集会を考え続けてくれると期待してしまった。
「意思あるところに成果あり」かつて大切な人に言われ胸に刻んだ言葉をふと思い出してしまったのであった。
早くも師走
早いもので12月になった。師匠が走り回るぐらい忙しいのが12月。しかし私は、12月になってだいぶ余裕が出てきた。今日は久しぶりに5時に出れた。学年の先生が、「もう帰るんですか、早いですね。」と驚いた顔で尋ねてきた。「研究も、音楽会も、教育実習も、ほとんどの行事が終わったからね。これからは加速度的に速くなるよ。」と返事をしておいた。
「よくこの時間に帰れますね。」と前と同じような質問をされたので、「テストやノート、宿題は子供のいるうちに全部見たり片付けたりしてしまっているから。しかも、集めたらその日のうちに返すよ。フィードバックは、早い方がいいから」と返しておいた。
彼らは、相変わらずアフターファイブから、丸つけやノートを見ている。それではいくら時間があっても足りないのになぁと思いながら、「お疲れ様」と言って帰ってきた。今まで学年の仕事を一手に引き受けて、11月まではやってきたのでまぁこれくらいは許されるだろう。人のことがなければそもそも5時に帰るのはたやすいのだ。
しかし、こんなゆったりとした時間は久しぶりだったなぁ。やっとゆったりした時期がやってきた。しばし小休憩をして、年度末に備えたいなと思っている。
教師を続けるには厳しい時代
仲の良い同期が、6月から療休に入っている。かつて私も組んだことがあるが、ものすごい仕事ができて、しなやかで学級経営の能力の高い人だ。
今年は、校務分掌が集中し、なおかつ管理職からのひどいパワハラで体を崩してしまったようだ。
久々に心配で連絡を取ってみたら、退職を決めたと言っていた。前話した時は、年明けには復帰できるようなことを言っていたが、あまりにも予想外の出来事で私はすごく戸惑っている。
教師としての哲学もとても似ていて尊敬できる同期だった。そんな人が退職ということで、私はとてもショックが大きい。
最近、どんどん同期が辞めていく。もう採用同期は半分もいないだろう。
中堅どころに業務が集中し、がんじがらめになっている人も多い。嫌になってどんどん辞めていってしまう。若手が増え、さらに中堅どころ追い詰められていく。
もう私も数年で辞めているかもしれない。体力的にも続くように思えない。このような働き方も今はできても5年後どうなっているかわからない。同期が退職すると言うことを聞いて、私も人ごとではないなぁと深く考えてしまった1日になった。
とりあえず、また復活できるように早く体が良くなればいいな、心が良くなればいいなと願わずにはいられなかった。
今日は、悲しいな。
研究授業
本日研究授業は終わった。
今年も、一生懸命やってみたがあまりさえなかった。10月末からの教育実習生の指導。立て続けの行事ラッシュ。指導案作り。忙しくて目が回りそうだった。
一緒に組んでる先生方はみんないっぱいいっぱい。それをサポートしなくてはいけないので、さらに忙しさに拍車がかかった。指導案、指導計画、内容、時間があればもっとしっかりしたものが作れたはずだった。時間がないことを言い訳にしてはいけないが、じっくり考える時間が全くなかった。
加えて学年の先生方との考えが最後まで噛み合わなかった。やはり指導案を私が作るのではなく、それぞれゼロからみんなに作ってもらえばよかったと後悔している。みんなが余裕がないからと、たたき台を作りそれを理解していく形にしてみたが、仕事が1個減った位の思いしかなかっただろう。その証拠に一緒に組んでいる1人は、最後まで私の考えた哲学や理念を全く理解してくれなかった。指導案もあんまり読み込んでもらえず、うわべだけのアウトライン的なものになってしまった。研究協議でも、それがありありと伝わってきた。協議自体あんまり盛り上がらずだった。
児童に対して自分が高めたいレベルと、学年の先生が望んでいるレベルとではかなりの乖離があった。そもそもクラスのレベルが違うのだから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。しかし私はもっと本気で上のレベルを狙いたかった。同僚に「そこまでやれない、無理。」と突っぱねられては、どうすることもできない。
もう研究は集団でなんかやりたくない。個人でやったほうがはるかに勉強になるし、自分の責任になるのでそのほうがはるかによい。組んでいる人の責任まで背負わなくちゃいけない研究授業と言うのは一体何なのかと私は問いたい。
チームワークと言うのは一体何なんだろうか。今回それが問われた研究授業だったような気がする。