ポレポレ先生の実践日記

小学校で教員をしています。日々の出来事、思いを書いています。

他人の真似をするな。自分らしくあろう。

道は開けるの一節。

カーネギーの失敗について触れられている。

ビジネスマンのための話術の本を書こうと思い立ったカーネギーは、様々な著者たちのアイデアを借用してそれを一冊の本に盛り込もうとした。そこで話術に関する本を何10冊も買い求め、それらのアイディアを1年がかりでまとめた。

そこで彼は気がついた。他人のアイディアの寄せ集めは不自然で面白みがなく、ビジネスマンに読んでもらえそうにないことに…。

 

彼の凄いことは、誰かのコピーではいけないと気がついたところだ。上のレベルに行くには、自分のオリジナルで勝負しなくてはならない。自分が勝ち得てきた、自分が体験してきたもので戦わなければ道は開けないということだ。

彼は最後に言っている。「他人の真似をするな。自己を発見し、自己に徹しよう」と。

 

この言葉を、深く刻ざもう。

心の中から悩みを追い出すには

長期休みに入ったので、ゆっくり本を読む機会が多い。今は、デールカーネギーの道は開けるを読んでいる。

  70年以上昔に書かれた本だが、その中で記されている事は未だに色あせる事は無い。とても興味深い。参考になったのは、心の中から悩みを追い出す方法である。

1つ目

忙しい状態でいること。悩みを抱えた人間は、絶望感に家負けないために、身を粉にして活動しなければならない。

2つ目

気にする必要もなく、忘れても良い小さなことで心を乱してはならない。小さなことにこだわるには人生はあまりにも短い。

3つ目

平均値の法則によると、不安の種になっている事柄が実際に起こる確率はどれくらいなのだろうかと思うこと。

 4つ目

避けられない運命には調子を合わせよう。

5つ目

 ①現在自分が悩んでいる事は実際にどの程度の重要性があるか。

②この悩みに対するストップロスオーダーをどの時点で出してそれを忘れるべきだろうか。

呼子笛 に対して正確にはいくら支払えば良いのか。すでに実質価値以上に払いすぎていないだろうか。

6つ目

おがくずを挽こうとするな。

つまり、終わったことに対してくよくよするなと言うこと。

どれも明快だ。

 

世の中見てくればかり

国学力状況調査の結果が公表された。

結果については、悲喜こもごもだ。

全国紙、地方紙が、こぞって結果を取り上げ、昨年より順位が上がった、下がったなどと報道している。

大阪府の吉村洋文知事は、大阪市長時代に大阪市政令指定都市の中でビリだった場合ボーナスを返上すると公言し、このたび晴れて⁉︎実行に移した。

順位を公表すれば、どこかがトップになり、どこかがビリになる。加えて、上位と下位の差が縮まってきているので、トップの都道府県も安穏としていられないだろう。私の自治体も、前回は下位だったが今回はかなりの上位になっている。

要は、学力テストは、解き方、読み方、テクニックが向上してくれば点数は取れてしまうものである。そして、意識の高い家庭、ハイソな家庭が多い自治体は当然成績が良くなる。逆に、家庭教育がままならない生きるだけで精一杯の家庭が多い自治体は、当然成績が低くなってしまうものである。加えて昨今では、外国人労働者問題がクローズアップされているが、その外国人労働者の子供たちが点数の足を引っ張っていると言うことも考えられる。特に大阪、愛知などはそういった影響も大きいだろう。いったいどこまで、細かい分析ができているんだろうか甚だ疑問だ。点数が低い・高い、下位・上位だけで判断するのは、とても危険な発想で、物事の本質を見誤る可能性がある。

ぜひ、政治家の皆さんや報道関係者は、見てくれなんかに騙されないで、物事の本質にまで切り込んでもらいたい。そうでなければ、こんな全国学力状況調査などをやってる意味などない。

学校現場は、時代遅れそのものか?

最近すごく感じてしまう事は、学校現場というのは、根本は旧態以前のままであると言うこと。

なんでそうやって感じてしまうかというと、マイノリティーには全く対応しきれていないからだ。特別支援教育不登校対応などでものすごく顕著。

もともと学校現場と言うのは、マジョリティーに対応するのに主眼を置いていて、マイノリティーの対応はものすごく遅れている。そこそこマシになってきてる例も見られることもあるが、まだまだ発展途上なのが拭えない。

さあそもそもなぜ、これほど対応に遅れているのか?それは、圧倒的なマンパワー不足だからだ。財政が厳しいと言う理由で、40人学級が改善されない、特別支援級に重度な子が入ってくるケースが多くなってきているのに未だに 1人の教員が見るのは8人と決まっている。これでは、細かなところに気を配ることなんかできない。また昨今では、キャリア教育、主権者教育などと〇〇教育と言うものがたくさん増えてきて教員が対応しきれない。 1人の教員がマルチタスクで対応しなくちゃいけないその現場は、極めて困難さを拍車をかけている。

せめて、定数を緩和することをしてもらいたい。学級が30人学級になるだけでどれだけ楽になることか。やっぱり質も大事だけど、数も大事。教員の数を増やさないと、これからの時代に対応できない。

きっと政治家、文科省財務省のお偉さん達は、どこかの学校や自治体が教育破綻を起こさなければ本腰を入れて動かないのだろう。ただ、教育破綻してから動いたんではもう手遅れだと思う。

 

 

 

明日やろうは馬鹿野郎

私はよく仕事が早いと言われている。

しかし、決して仕事が早いわけではない。

私はもともと仕事がすごく遅かった。提出物は期限を守れなかったり、頼まれた仕事を忘れたりと駆け出しの頃はひどかった。

ただ失敗を重ねていくうちに、来た仕事を片っ端から片付ければよいということに気がついた。それから私は来た仕事をその日のうちに仕上げるようにしている。

ただ、たまに後回しにして後でやろうとすると忘れてしまい、結果提出を催促されることが少なからずあってしまう。

明日やろうは馬鹿野郎である。その日のうちに後回しにせずに仕事をするのが自分にとっても相手にとっても良いと言うこと。

仕事が速い人間は、基本信頼される。そして、たとえ失敗したとしてもみんなが寛容になってくれるものである。

時代は少しずつ変わってきている

昨今、教員のブラック化が注目を集めている。そんな中、今年は変わったって言う出来事がある。

いつもなら、夏季休業中、盆踊りのパトロールに動員されるのだが、今年は地域が中心となってやることになった。つまり、教員がパトロールに出なくてよくなったのだ。

また、夏休みにはどこの学校も親子工作教室がある。これも教員が出なくて済むようになった。

友人が働いている自治体では、教職員がプール開放の監視をしなくてよくなったそうだ。

まだまだ余計なものはたくさんあるが、少しずつ改善してきているのでこれが加速するといいなと思う。

スタートダッシュに成功

夏季休業に入って、1週間が経とうとしている。

月曜日、火曜日は子供の習い事の付き添いで休暇を取ったが、残りの三日間はとにかく集中して働いた。

水曜日は、午前中は、先週最終日にやったテスト(五種類)の丸つけ・記録、公募の整理をした。午後は、昨年の年度末に整理しきれなかったプリント、資料等をひたすら捨てた。なんとゴミ袋三つ分。職員室の机の整理に半日かかってしまった。ゴミはすぐたまる。こまめに捨てないとやはりこうなる。

木曜日は、評価をまとめた。あらかじめノートやワークシートを出席番号順にして集めておいたので所見に書けそうなものやA評価になりそうな物をいつでも見れるようにデータ化したり、記録したりした。

そして今日は、教室の片付けや夏休み明けの準備で1日が過ぎてしまった。

まず教室をリニューアルした。正直、年度始めは整理する時間がなくバタバタで落ち着いて片付けをする暇がなかった。追い立てられまくって前の教室を明け渡したので物の整理が全くできていなかったのだ。考えないで物の配置をしたので、使いにくいままだった。それをようやく直すことができた。また、 4ヶ月で使い切ってしまった音読カードや予備ノート、ワークシート等をひたすら印刷をかけた。これで冬休みまで大丈夫だろう。夏休み明けの宿題も2週間分(学年分)作ったこともあり、半日は印刷室にいた。

夏休みの最後にやると、宿題が終わらない子供みたいなって嫌なので、しっかりとスタートダッシュをすることができて一安心している。これで当分職場に行かなくて済みそうだ。後は家でゆっくり仕事をしようと思う。

夏休みの使い方は、とても重要だ。1年で1番ゆったりとした時間。この時期をいかに充実させるかで1年が決まってしまうような気がする。